棉(わた)

  沙彌滿誓、綿を詠ふ歌一首〈造筑紫觀音寺別
  當、俗姓笠朝臣麿といふ 〉
しらぬひ 筑紫の綿は 身につけて いまだは著ねど暖かに見ゆ                   (3−336)

下の写真は真綿=蚕の繭から作ったもの。両親が亡くなって家を整理しているときに見つけたもの。祖母が作っていたものが残っていたようである。布団を作るときには綿を押さえるのに使っていたが、戦後の物資の無い時代に育った私は、冬の寒いとき、小学校に行く前に、祖母がこれを広げて下着の上に貼り付けてくれたのを覚えている。薄い割に暖かいものであった。

木綿はもともと輸入品であり、この歌のように奈良時代には「筑紫の綿」と呼ばれたようである。この時代には綿といえば真綿であった。木綿が一般化するのは近世に入ってからで、それ以前の衣料の材料としては絹と麻の他、荒栲・栲衾などとある楮や藤などの樹皮の繊維が利用されていたようである。
参照 柳田國男「木綿以前のこと」(『定本柳田国男集』第14巻)