故、天皇崩りまして後、其の庶兄(まませ)
當藝志美美(たぎしみみの)命、其の嫡后
(おほきさき)伊須氣余理比賣(いすけよりひめ)
を娶せし時、其の三はしらの弟を殺さむとして謀る
間に、其の御祖伊須氣余理比賣、患ひ苦しみて、
歌を以ちて其の御子等に知らしめたまひき。歌曰
ひたまひけらく、
  狹井河(さゐがは)よ 雲立ちわたり 畝火
  山 木の葉騷(さや)ぎぬ 風吹かむとす
とうたひたまひき。又歌曰ひたまひけらく、
  畝火山 昼は雲とゐ 夕されば 風吹かむ
  とぞ 木の葉騷(さや)げる
とうたひたまひき。是に其の御子聞き知りて驚きて、
乃ち當藝志美美を殺さむとしたまひし時、神沼河
耳命、其の兄神八井耳命に曰ししく、「那泥(なね)、
汝命、兵(つはもの)を持ちて入りて、當藝志美美を
殺したまへ」とまをしき。故、兵を持ちて入りて殺さむ
とせし時、手足わななきてえ殺したまはざりき。故爾
に其の弟神沼河耳命、其の兄の持てる兵を乞ひ取
りて、入りて當藝志美美を殺したまひき。故亦其の御
名を稱へて、建沼河耳(たけぬなかはみみの)命と
謂ふ。                   (記・神武)

狭井川

狭井川 東海自然歩道の山側
      

狭井神社

狭井川 東海自然歩道の西側