蘭(らん)

  梅花の歌三十二首 序を并せたり
 天平二年正月十三日に、帥の老の宅に萃まりて、宴會を申(ひら)きき。
 時に、初春の令月にして、氣淑(よ)く風和(やはら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香を薫(くん)ず。加之(しかのみにあらず)、曙の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥は★(うすもの)に封(こ)めらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故雁歸る。ここに天を蓋(きぬがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。言を一室の裏に忘れ、衿(ころものくび)を煙霞の外に開く。淡然に自ら放(ほしきまま)にし、快然に自ら足る。若し翰苑あらぬときには、何を以ちてか情を★(の)べむ。請ふ落梅の篇を紀(しる)さむ。古と今とそれ何そ異ならむ。園の梅を賦して聊かに短詠を成す宜(べ)し。(5−815〜46)

蘭草は『和名類聚鈔』に「和名布知波加末」とあるので、藤袴 とされるが、注釈の説に従って春蘭をあげておく。  春蘭は早春に咲く香のよい花である。