太朝臣安萬侶の墓


大抵記す所は、天地開闢より始めて、小治田の御世に訖る。かれ、天御中主神より下、日子波限建鵜草葺不合命以前を上卷と爲し、神倭伊波禮毘古天皇以下、品陀御世以前を中卷と爲し、大雀皇帝以下、小治田大宮以前を下卷と爲し、并せて三卷を録して、謹みて獻上る。臣安萬侶、誠惶誠恐、頓首頓首。和銅五年正月廿八日正五位上勳五等太朝臣(おほのあそみ)安萬侶(記序文)

(養老七年)秋七月庚午(七日)。民部卿從四位下太朝臣安麻呂卒。(『続日本紀』)

墓からは「左京四条四坊従四位下勲五等太朝臣安萬侶以癸亥年七月六日卒之 養老七年十二月十五日乙巳」と刻まれた墓誌が出土した。

太安萬侶の墓から南方向を見たところ

墓は茶畑の中にある