神坂(みさか)峠

 則ち日本武尊、信濃(しなの)に進入(いでま)しぬ。この国は、山高く谷幽(ふか)し。翠(あを)き嶺(たけ)萬(とほく)重れり。人杖倚(つか)ひて升(のぼ)り難し。巖嶮(さが)しく磴(かけはし)紆(めぐ)りて、長(たか)き峯(たけ)數千(ちぢあまり)、馬頓轡(なづ)みて進(ゆ)かず。然るに日本武尊、烟(けぶり)を披(わ)け、霧を凌(しの)ぎて、はるかに大山(みたけ)をわたりたまふ。すでに峯に逮(いた)りて、飢(つか)れたまふ。山のうちに食(みをし)す。山の神、王(みこ)を苦しびしめむとして、白き鹿(かせき)となりて王のまへに立つ。王異(あやし)びたまひて、一箇蒜(ひとつのひる)をもて白き鹿に彈(はじきか)けつ。すなはち眼(まなこ)にあたりて殺しつ。ここに王、忽に道を失(まど)ひて、出づるところを知らず。時に白き狗(いぬ)、自づからに来て、王を導きまつる状(かたち)あり。狗に隨ひて行でまして、美濃に出づること得つ。吉備武彦、越より出でて遇(まうあ)ひぬ。これより先に、信濃坂を度る者、多に神の氣(いき)を得てをえ臥せり。ただ白き鹿(かせき)を殺したまひしより後に、この山を踰ゆる者は、蒜を嚼(か)みて人および牛馬に塗る。自づからに神の氣に中(あた)らず。

高い山は恵那山

馬籠側の登り口

強清泉

強清泉の側に旧道とされる道があった

神坂の麓からみた御嶽山