川藻

   明日香皇女木■(きのへ)の殯宮の時、柿本    朝臣人麿の作る歌一首〈并に短歌 〉
飛鳥の 明日香の河の 上つ瀬に 石(いは)橋渡し〈一に云ふ、石並み 〉下つ瀬に 打橋渡す 石橋に〈一に云ふ、石並みに 〉生ひ靡ける 玉藻もぞ 絶ゆれば生ふる 打橋に 生ひををれる 川藻もぞ 枯るればはゆる 何しかも わご王の 立たせば 玉藻のもころ 臥せば 川藻の如く 靡かひし 宜しき君が 朝宮を 忘れ給ふや 夕宮を 背き給ふや うつそみと 思ひし時 春べは 花折りかざし 秋立てば 黄葉かざし 敷栲(しきたへ)の 袖たづさはり 鏡なす 見れども飽かず 望月の いやめづらしみ 思ほしし 君と時々 幸して 遊び給ひし 御食向(みけむか)ふ 城上の宮を 常宮と 定め給ひて あぢさはふ目言(めごと)も絶えぬ 然れかも〈一に云ふ、そこをしも 〉あやに悲しみ ぬえ鳥の 片戀嬬(かたこひつま)〈一に云ふ、しつつ 〉 朝鳥の〈一に云ふ、朝霧の 〉 通はす君が 夏草の 思ひ萎(しな)えて 夕星(ゆふつつ)の か行きかく行き 大船の たゆたふ見れば 慰むる 情もあらぬ そこ故に せむすべ知れや 音のみも 名のみも絶えず 天地の いや遠長く 偲ひ行かむ み名に懸かせる 明日香河 万代までに 愛(は)しきやし わご王の 形見かここを(二ー一九六)
   短歌二首
明日香川 しがらみ渡し 塞(せ)かませば 流るる水も のどにかあらまし〈一に云ふ、水のよどにかあらまし 〉(二ー一九七)
明日香川 明日だに〈一に云ふ、さへ 〉見むと 思へやも〈一に云ふ、思へかも 〉 わご王の 御名忘れせぬ〈一に云ふ、御名忘らえぬ(二ー一九八)