(欽明天皇元年)秋七月(あきふみづき)の丙子(ひのえね)の朔己丑(つちのとのうしのひ)に、都を倭國の磯城郡(しきのこほり)の磯城嶋(しきしま)に遷(うつ)す。よりて號(なづ)けて磯城嶋金刺宮(しきしまのかなさしのみや)とす。(『日本書紀』)

磯城嶋金刺宮

保田与重郎の筆になるこの碑は写真の水道局の
庭から移されている。