出雲大社

 大穴牟遅神の根堅州国訪問
 故爾に黄泉比良坂に追ひ至りて、はろばろに望(みさ)けて、大穴牟遲神を呼ばひて謂ひしく、「其の汝が持てる生大刀・生弓矢を以ちて、汝が庶兄弟をば、坂の御尾(みを)に追ひ伏せ、亦河の瀬に追ひ撥(はら)ひて、おれ大国主神となり、亦宇都志国玉神となりて、其の我が女須世理毘売を嫡妻(むかひめ)として、宇迦能(うかの)山の山本に、底津石根(そこついはね)に宮柱ふとしり、高天の原に氷椽たかしりて居れ。是の奴。」といひき。故、其の大刀・弓を持ちて、其の八十神を追ひ避(さ)くる時に、坂の御尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に追ひ撥ひて、始めて国を作りたまひき。

 垂仁天皇記(本牟智和氣命の出雲参拝の条)
 是に天皇患(うれ)ひ賜ひて、御寢しませる時、御夢に覺(さと)して曰りたまひけらく、「我が宮を天皇の御舍(みあらか)のごと修理(をさめつく)りたまはば、御子必ず眞事(まこと)とはむ」とのりたまひき。かく覺したまふ時、布斗摩迩迩(ふとまにに)占相(うらな)ひて、何れの神の心ぞと求めしに、その祟は出雲の大神の御心なりき。故、其の御子をして其の大神の宮を拜(をろが)ましめに遣はさむとせし時、誰人を副へしめば吉(よ)けむとうらなひき。爾に曙立(あけたつの)王卜(うら)に食(あ)ひき。

神魂神社の構造は出雲大社の神殿の構造と同じといわれる。二葉は神魂神社。