磐船神社

天の川の上流奈良県(生駒市)と
大阪府(枚方市)の境に鎮座

磐船神社
@『日本書紀』神武天皇即位前紀
@時に長髓彦、乃ち行人(つかひ)を遣して、天皇に言して曰さく、「むかし、天神の子有しまして、天磐船に乘りて、天より降り止(い)でませり。號けて櫛玉饒速日命〈饒速日、此をばニギハヤヒと云ふ〉と曰す。是吾が妹三炊屋媛〈亦の名は長髓媛、亦の名は鳥見屋媛〉を娶りて、遂に兒息(みこ)有り。名をば可美眞手命(うましまでのみこと)〈可美眞手、此をばウマシマデと云ふ〉と曰す。かれ、吾、饒速日命をもて、君として奉(つか)へまつる。
 夫れ天神の子、あにふたはしら有さむや。奈何ぞさらに天神の子と稱りて、人の地を奪はむ。吾心に推るに、未必爲信(いつはり)ならむ」とまうす。天皇の曰はく、「天神の子亦多にあり。汝が君とする所、是實に天神の子ならば、必ず表物(しるしもの)有らむ。あひ示(み)せよ」とのたまふ。長髓彦、即ち饒速日命の天羽羽矢一隻(ひとは)及び歩靫(かちゆき)を取りて、天皇に示せ奉る。天皇、覽して曰(はく、「まことなりけり」とのたまひて、還りて所御(みはかし)の天羽羽矢一隻及び歩靫を以て、長髓彦に賜示(みせたま)ふ。長髓彦、其の天表を見て、ますますおそれかしこまることを懷(うだ)く。

A先代旧事本紀第三 天神本紀
 饒速日尊、天神の御祖の詔を禀けて、天の磐船に乗りて、河内国河上の哮峯に天降り坐しき。則ち大倭国鳥見の白庭山に遷り坐しき。所いはゆる天磐船に乗りて、大虚空を翔り行きて、是の郷を巡り睨りて、天降り坐しき。即ち虚空見つ日本国と謂いふは是か。

参考
@『古事記』神武東征
 故、しかして迩藝速日命參ゐ赴きて、天神の御子に白さく、「天神の御子天降り坐しぬと聞きしが故に、追ひ參ゐ降り来つ。即ち天津瑞を献りて仕へ奉らむ」と。故、迩藝速日命、登美毘古が妹、登美夜毘賣を娶りて生める子。宇麻志麻遲命[此は物部連、穗積臣、[女采]臣の祖なり]。