いちい檮

 (倭建命は)即ち出雲国に入り坐して、その出雲建を殺さむと欲ひて到りまして、即ち友と結(な)りたまひき。故、竊(ひそ)かに赤梼(いちひ)以ちて、詐刀(こだち)に作り、御佩(みはかし)として、共に肥の河に沐(かはあみ)したまひき。ここに倭建命、河より先(さき)に上りまして、出雲建が解き置ける横刀(たち)を取り佩(は)きて、「刀(たち)を易(か)へむ。」と詔りたまひき。故、後に出雲建河より上りて、倭建命の詐刀を佩きき。是に倭建命、「伊奢(いざ)刀(たち)合はさむ。」と誂(あとら)へてのりたまひき。爾に各其の刀を拔きし時、出雲建詐刀をえ拔かざりき。即ち倭建命、其の刀を拔きて出雲建を打ち殺したまひき。爾に御歌よみしたまひしく、
  やつめさす 出雲建が 佩(は)ける刀(たち) 
  黒葛(つづら)多纒(さはま)き さ身(み)無しにあはれ
とうたひたまひき。故、かく撥(はら)ひ治めて、參上りて覆奏(かへりごとまを)したまひき。
                  (景行記倭建命の西征)

 この樫は奈良公園に多い。御所市の鴨都波八重事代主神社に大木がある。葉の裏が白くみえる。