ここを以ちてこの二はしらの神、出雲国の伊那佐(いなさ)の小濱(をばま)に降り到りて〈伊那佐の三字は音を以ゐよ〉、十掬劒(とつかつるぎ)を拔きて、逆に浪の穗に刺し立て、その劒の前(さき)に趺(あぐ)み坐して、その大国主神に問ひて言りたまひしく、「天照大御神、高木神の命以(みことも)ちて、問ひに使はせり。汝が宇志波祁流(うしはける)葦原中国は、我が御子の知らす国ぞと言依(ことよ)さし賜ひき。かれ、汝が心は奈何に」とのりたまひき。爾に答へ白ししく、「僕はえ白さじ。我が子、八重言代主神、是れ白すべし。然るに鳥の遊爲(あそびし)、魚(な)取りに、御大(みほ)の前(さき)に往きて、未だ還り來(こ)ず。」とまをしき。故爾に天鳥船(の)神を遣はして、八重事代主神を徴(め)し来て、問ひ賜ひし時に、其の父の大神に語りて言ひしく、「恐(かしこ)し。この国は、天(あま)つ神の御子に立奉(たてまつ)らむ」といひて、即ち其の船を蹈み傾けて、天の逆手を青柴垣(あをふしがき)に打ち成して、隱(かく)りき。〈柴を訓みてフシと云ふ〉。               (『古事記』)

西南方向に見える山は三瓶山(出雲風土記国引き伝承で、八束水臣津野命が国引きの際に杭としたという佐比売山)

伊那佐の小浜