稻幹

 是に倭に坐す后等(きさきたち)また御子等(みこたち)
(もろもろ)(くだ)り到りて、御陵を作り、即ちそこの那豆岐田(なづきだ)に匍匐(は)ひ廻(もとほ)りて、哭
(なきま)して歌曰(うた)ひたまひしく、
  なづきの田の 稻幹(いながら)
  稻幹に 匍(は)ひ廻(もとほ)ろふ
  野老蔓(ところづら)
とうたひたまひき。      (景行記 倭建命の薨去)