かれ、その老夫(おきな)答へ言ししく、「僕は国つ神、大山津見の子ぞ。僕が名は足名椎と謂ひ、妻の名は手名椎と謂ひ、女の名は櫛名田比賣(くしなだひめ)と謂ふ」とまをしき。亦「汝哭く由は何ぞ。」と問ひたまへば、答へ白言ししく、「我が女は、本より八稚女在りしを、この高志の八俣(やまた)の遠呂智(をろち)、年毎に来て喫(くら)へり。今其が来べき時なり。かれ、泣く」とまをしき。爾に「その形は如何」と問ひたまへば、答へ白ししく、「彼の目は赤加賀智(あかかがち)の如くして、身一つに八頭八尾(やかしらやを)有り。またその身に蘿(こけ)と桧榲(ひすぎ)と生(お)ひ、其の長(たけ)は谿八谷峽八尾(たにやたにをやを)に度(わた)りて、其の腹を見れば、悉に常に血爛(ただ)れつ」とまをしき〈ここに赤加賀知と謂へるは、今の酸醤なり〉。爾に速須佐之男命、その老夫に詔りたまひしく、「是の汝が女をば吾に奉らむや。」とのりたまひしに、「恐けれども御名を覺らず。」と答へ白しき。                (『古事記』)

酸漿(ほおずき)