久しくましまして彦波瀲武★草葺不合尊〈ヒコナギサタケ・ウガヤ・フキアヘズノミコト〉、西洲(にしのくに)の宮に崩(かむあが)りましぬ。よりて日向の吾平山上陵(あひらのやまのうへのみさざき)に葬りまつる。     (『日本書紀』神代下)

鳥居の奥は岸壁で下に洞窟がある

吾平山陵伝承地

 久しい間、日向にいらっしゃって彦波瀲武★草葺不合尊〈ヒコナギサタケ・ウガヤ・フキアヘズノミコト〉は、西国の宮でお亡くなりになってしまった。そこで、日向の国の吾平山上陵(あひらのやまのうへのみさざき)に葬むりもうしあげた。

 伊奘冉尊を葬ったという熊野の花の窟もそうであるが、吾平山上陵も奥行きのない窟を埋葬場所とみて陵としているようである。